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今から58年前の昭和23年にホンダは産声を上げたのです。
この会社を語るのに欠かせないのがホンダ創立者である
本田宗一郎ですよね。
戦前に車やバイクの修理工場で働く、普通の修理工だった
そうです。
戦後100ほどあったバイク会社の中から、ホンダは創業から
たかだか15年ほどで、世界の頂点を極めたのです。
昭和のジャパニーズドリームにおいて本田宗一郎は代表的な
一人であるのはほとんどの方が知っている事ですよね。
でも若い人にはピンこないですかね?今ならビルゲイツ
のような存在なんでしょうか。 |
彼は商売上手でホンダを世界のホンダにしたのではないとも
言われてます。
何故なら根っからの、叩き上げ職人だったと言われてます。
もちろん影になりホンダの経営を支えた、商売上手な右腕が
居たからこそなせれたのは間違いないはずです。
経営よりも工場で工員と一緒に油まみれたり、社長室も作らず、
食事は工員と共に社員食堂で済ませる。
世界のホンダの社長ですよ。
こんな大企業で、社員と社長の風通しがいい会社はなかなか
ないのが現実では無いんではないでしょうかね。
いったい社員食堂で社員たちと、ホンダについてどんな夢を
語り合ったのでしょうか。 |
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そんなホンダが車の世界に挑戦したのが、今から46年前の
昭和37年です。
トヨタや日産から考えるとホンダはかなり遅めの
デビューです。
ホンダの車作りへのこだわりと言うか、個性はかなりのもの
だったようです。
特にT-360と言う車です。
これがホンダが初めて市場に出した車で、軽トラックなんです。
ただ凄いのが日本初のDOHC搭載自動車なんです。
それも今と違って、2気筒360ccの時代に4気筒4連
キャブレター使用ですからね。
簡単に言えば、田んぼに行く軽トラにスカイラインGT-Rの
エンジンを積むようなもんですから。
ちょっと表現が違いますかね・・・
まぁとんでも無い発想をするのがホンダなんでしょうね。
そんな時代のホンダの会社には、社員全員が世界一を
夢みる夢空間があったのでしょうね。
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